託されていくオリンピック


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わたしは幼稚園児のころから、レスリングの英才教育を受けていました。父はオリンピックにも出場したことのあるレスリングの選手だったため、息子のわたしにもその技や夢を教えこみたかったのでしょう。

わたしは父の期待に応えたいと、心のそこから感じていたため、日々練習に励み、自分で言うのもなんですが、着々と実力をつけていきました。練習をすること自体も、とても楽しかったことを、よく覚えています。

わたしは中学生にあがった頃から、オリンピックでレスリングをしたいということよりも、格闘技にうつりたいと思うようになりました。ただ、父の想いを裏切ることがなかなかできず、そのまま悶々とした思いを抱えたまま、高校生になりました。

その後、わたしは父に相談して、格闘家への道に進みました。格闘家としての練習はオリンピックを目指していたころの練習とはずいぶん違うもので、新鮮な毎日で、やりたいことができて、充実していました。

しかし、格闘家としてそれなりに結果を残すようになって、わたしは父がわたしに託したかった夢を思い返すようになりました。そして、再び、オリンピック選手への道を辿ることになったのです。

しかし、一度格闘家として身体作りをしてしまったためか、筋肉の付き方が変わり、オリンピックの土俵では動きが全く通用しませんでした。わたしはいま、オリンピックの選手を育て上げるために、コーチをやっています。

自分の果たせなかった夢をさらに次の世代へと託していきたいのです。


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